はちみつちゃん

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小学生男子の生足を見て女子高校生の生足を想像しろと言われる恐怖

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小学生男子の生足を見て想像力を鍛える

本日の仕事中。何気ない、いつも通りの風景、いつも通りの作業。ただ単純なルーティンに見える毎日にもほんの少しずつ変化があるものだ。そんなことを実感したお話。風が吹くたびに体感温度の低下を感じてはあたりをキョロキョロと見回す。この季節ならではの乾いた風を絡ませあなたを連れて行くのさ、なんて作業をしながら歌っていた時の事。小学生男児が私の真横を風が如く走り抜けていった。それはまさに神風のよう。シュンという擬音が彼にはふさわしいな、なんて思いながら小学生男児の背中を見送っていた。いつの時代も小学生はああでなきゃね、なんて同僚と話をしながらふと彼の全身を確認した。

 

本日の最低気温は9℃と朝方のニュースで清楚系女子代表デザインの彼女がそう伝える。私は肌着を冬用の温かい仕様のものを着用し作業を行っていた。さらに詳しく伝えると温かいタイツも履いている。全身タイツ姿で嫁の前に現れると「江頭2:50やん」なんて笑われてしまう。「ドゥーン!」なんて叫んで嫁を笑わせることが何より幸せな瞬間だ。そんな全身タイツマンの私にはにわかに信じがたい姿格好を小学生男児の彼はしていた。そう彼は俗にいう短パン小僧だったのだ。

 

短パン小僧。有り余るエネルギーを滑走力と変えた彼は全身から熱を帯びているのか、最低気温9度をものともせずに秋空の下を駆ける。トイレを我慢しているのか、家に帰ってスプラトゥーンをやりたいのか。彼の体感温度はいったい何度なのだろうか。この寒い秋空の下、彼は風になっていた。旋風。

 

 

たんぱんこぞう

 

思い返してみた。私もかつては風の子とよばれていた時代があったことを。当時の私はスーパーファミコンのロックマンXを一秒でも早くやるために全速力で家に走って帰っていた。その成果もあり50m走ではぼちぼちのタイムを残せていた。これもゲームが私に与えた影響、なんて。元々かけっこが得意だったこともあり動きやすさ重視の短パンを私もこよなく愛していた。同級生たちの茶目っ気溢れる服装を横目にアディダスの短パンジャージやよく分からないメーカーの何とも言えない色の短パンをはいて生活を送ることが多かった。

 

しかしいつの頃からだろう。秋、冬になると寒さを感じてしまい短パンを履く季節が春、夏限定となってしまった。短パンを愛していたはずの私も一般の感性と同じになってしまった日を思い出せない。悲しい出来事ではないけれど子供の感性を失った瞬間。そいていつの日からか秋冬に短パンを履いている人を内心バカにしてしまっていた。短パンしか着る服ないのかよ、なんて。気持ちがブレーキを忘れてその言葉は宙を舞う。

 

女子高生の短いスカート

 

私が短パン小僧を小馬鹿にした時に同僚のA氏が呟く。A氏とは話がよく合う。主に女の子の話をするとき、ゲスい程に盛り上がる。そんなA氏が「まだまだ分かっていないね」なんて恐ろしい発言をした。何が分かっていないんだよーなんて聞き返してみると想像力が欠如していることを指摘された。ん?どうゆうこと?A氏曰く小学生男児、もとい短パン小僧の生足を見ることができて感謝するべきと仰った。A氏は私の思考を凌駕するスピードで早口にまくしたてる。

 

「小学生男子のキレイな生足を見ることができて本当は感謝をする必要があるんだ。それは小学生男子だという先入観が人間本来の性的興奮にブレーキをかける。例えばあの綺麗な短パン小僧の生足が可愛い女子高生だったら君はどう思う。きっと喜ぶでしょ。もちろん私も舐めるように目に焼き付けるよ、神様ありがとうなんて今日はジーザスな気分さ。つまるところ目に見えるもの+想像力次第で世界はさらに輝きを増すんだ。その点、君はまだまだ思考と想像がたりていないね。」

 

かなり大げさに気持ち悪く書いてみたが簡単にまとめるとA氏はショタもいけるらしい。私なりの屈折した見解なのでたぶん間違っている。というか、間違っていてほしい。なんで小学生の生足を見て女子高生を想像せねばならぬのじゃ。それならその辺を歩いている女子高生をチラ見からのガン見するよ。そしてあの足が美しいねなんてA氏と語り合いたい。というか、ショタいける人と仕事している現実が怖い。

 

シロノワール

 

私としては女子高生の太ももや姿格好を男としての生物的本能として捉えてあぁだこうだ評価したい。評価というか眼福。というか生まれてきてくれてありがとうございますというお礼の言葉を述べたいほど。外仕事をする私達現場系男子の癒し、オアシスとなっている彼女たちにシロノワールでも奢ってあげたいぐらいだ。シロノワールは名古屋の喫茶店、コメダ珈琲の代表メニューね。パンケーキの上にアイスクリームが乗っていてデラ旨いで名古屋来てみたら食べてみ。

 

A氏の言葉を借りるのであれば「想像力次第で世界は変わる」それはもしかしたら真の言葉かもしれない。思考が足りていないから現実に満足できず自問自答を繰り返すことも多いであろう。しかしその方向性が間違っているA氏には笑わせてもらった。きっとA氏も本音では無くてなんとなく場を温めたかっただけかもしれない。けれどそんなやり取りの中からでも日々、私の思考は変化していく。何が変わったのか分からないけれど目に見えない程度の変化。そんな小さな変化が嬉しく思います。

 

などと書きましたが、 A氏が語っている時間はただただ恐怖でした。