はちみつちゃん

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病んでいるアピールは誰に向けられたものなのか

病み

 

 

夕暮れ。一日の終わりが近づいて空が橙に染まりだす。早足に家路についてあたたかい我が家に帰宅する。玄関にあるアロマ的な置物が毎回私の鼻孔を軽く刺激する瞬間が好きだ。結婚してからというもの、実家で暮らしていた時以上に毎日が刺激的すぎてアウトプットが追いつかない日常を送っています。

 

そんな日常を過ごしながら、私にはやりたいこととやらなければならないことの戦いが日々せめぎあってたまに考えがまとまらなくなってしまう。例えばやりたいこと。昔からギターを弾いていたので人並みには演奏することができる。そのスキルをいかして趣味程度に作曲を行っていたこともある。

 

何曲かYoutubeにアップロードをしてみたことがありますが再生回数は多くて30回程度。自分の才能の無さが浮き彫りになる瞬間でした。それでも音楽が好きだし自分で書いた詩が歌になる瞬間のあの感情は何にも代えがたい。だから今でもたまに音楽をやりたくなるのだと思う。

 

そして反対にやりたくないこと。それは毎日の仕事でも無く、新居のトイレ掃除でもなく、なかなか懐かない猫の相手でもない。それはインターネットを通じてみてしまう誰かの負の感情に触れることだ。所謂、病みツイートしかり病み記事など。けして現実世界では誰にも言えないような感情がタイムラインを平然と泳いでいる。そんな日常が私は不思議に感じてしまう。

 

私も病んでいた時期はあった。就職活動を経て入社した会社を半年で辞めてしまったこと。両親に認めてもらえると思って動いた行動がことごとくノーリアクションだったこと。合コンで自分だけモテなかったこと。あげたらキリがない。それでも腐らずに今を生きている。厳密に言えば腐って腐って新しい気持ちが芽生えて今がある。

 

 

 

話が少しそれてしまった。私の話は置いておいて誰かの負の感情に触れることについて最近思うことがある。Twitterを見ているとどうも自分に自信が無い人が多い気がしてしまう。というのも、自分を自虐的に見せることで面白可笑しく表現する手法だったり本当に落ち込んでいるパターンだったり。

 

別にそこまで深く介入する必要なんて無い。他人だもん。それでも自分の中に燃える熱い気持ちが落ち込んでいる人に対して「頑張れよ!」「歯を食いしばれよ!」「立てよ!」なんて先走ってしまう。落ち込んでいる人の記事にブックマークのコメントを何件か入力したことがある。真摯に受け止めてくれる人もいれば今は別にこのままでいいです、なんて茶を濁す人もいる。

 

そりゃネット上の薄い繋がりだけど誰かの感情に触れて私の感情が揺れたんだから相手もそれなりに真摯にやりとりを行うべきだと私は感じてしまったわけです。病んでいるアピールに釣られてしまった私の感情はサラッと受け流されてしまって。なんでこの人に対して本気でコメントを考えたのかな、なんて思うことが多々ある。

 

結局、病んでいるアピールを見た場合どの対応がベストなのか。未だに答えがでない。病んでいるアピールをする人はただ単純にかまってほしいだけなのかもしれない。つまり無視がベストなのか。無視すると口をだしたい私の熱い心が訴えかけてくる。

 

巡り巡ってこんな記事を書いています。自分でもしょうもないなぁーなんて思いながら軽く病んでます。ってのがこの記事のオチってことで(笑)今後はどうしようかな、このブログ。なんでもありごちゃまぜブログに現状維持でいこうかな……ブログで収益をあげることは理想だけど最近は外に出て働いている時間が楽しく感じるし。趣味程度に続けていこうと思います。そんなわけで今回はこの辺りで。日記的な使い方を多めにしていこーっと。